石田波郷の100句を読む《36》
2014/06/03




石田郷子





  泉への道後れゆく安けさよ   波郷

 昭和27年、「馬酔木」の堀口星眠に誘われて、軽井沢に行ったときの作。二人で落葉松や樅の林を歩いた時に出来たと、「自句自解」にある。
〈私は肺活量が手術後一四〇〇しかなかった。今はもっと増えてゐるだろうが、それでも目で見てはわからぬ程の坂道でもすぐ息切れがして、あゝ坂になってるなと気づく程で、少し早足の人とは一緒に歩けない。堀口君はよく気のつく人だからそのことをすぐ気づいてゆつくり歩いてくれるが、しばらくすると私は又後れがちになる。堀口君も句を作りながら歩いてゐるから間隔があくに任せてゐる時がある。私にしてみれば、行きつく先は泉と知つて、後れながらも私自身のペースでゆつくりと歩いてゆくことは極めて平静なたのしさであつた。後れてゆくゆゑの安けさと思ふばかりである〉。
 どんなに後れても、必ずそこで待っていてくれるという信頼感。同胞への挨拶。いや、説明は要らない。
波郷は、この句を色紙や短冊によく書いたという。筆者にとっても愛唱句である。







(c)kyouko ishida

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