第10回 2010/03/16

  高濱虚子の100句を読む     坊城 俊樹




   曝書風強し赤本飛んで金平怒る   虚子
                                       明治四十一年八月五日

 日盛会(明治四十一年八月一日から三十一日)全二十七回の第五回目
 参加者:東洋城・癖三酔・松浜・三允・蝶衣・水巴・香村・蛇笏・江戸庵・知白・蘿月・眉月・一樹・柑子
 文章に熱をあげていた虚子ではあったが、ここにきていくつかの俳句会に取り組んでいる。「蕪むし会」を同年一月に発足してから、ほぼ同じメンバーで八月の日盛りの季節に「日盛会」を発足し、精力的に動いている。なかなか豪華なメンバーだ。
 穿った見方をすれば、やや俳句にたいして後ろめたいところがあったのかもしれぬ。この九月は子規居士の七年忌にあたる。虚子はそれを『ホトトギス』九月号の消息にも書いているが、その節目であるこの年に今一度仕切り直す心持ちがあるのは当然のことであろう。
 「赤本」は江戸時代の絵入り短編小説とでもいえる「草双紙」の一種類。そのほかには「黒本」「青本」「黄表紙」「合巻」などがある。滑稽本や洒落本などがあったらしいが、もともとは婦女子のものだったようだ。
 「金平」は「きんぴら」であって、「金平浄瑠璃」の主人公の名前である。怪力剛勇にして武勇の達人だった。だから、怒るは怒るは。
 書を曝していたら、風で赤本がすっとんで、たまたま金平の頁がめくれ憤怒の形相が現れたという句である。なかなか面白い。虚子の滑稽味がでている秀句である。
 同じ日に、

  小庵の曝書や妻のありどころ    虚子
  書函序あり天地玄黄と曝しけり

 これらも、融通無碍というような自由で縦横無尽な句。
 「妻」すなわち糸夫人であるとするならば、虚子の茶目っ気が可笑しい。もっとも、かなり糸夫人はしっかり者で、ものをはっきりと仰っていたことは有名である。
 筆者もその記憶が残っていて、かなり怖かった。虚子もこの句の発表後いろいろと苦労があったかもしれぬ。
 「天地玄黄」とは四つの順番をあらわしていると考えていい。書物の赤本やら黒本やらをいろいろと曝している。書箱に序、すなわち順番が記されていてその順に曝書をしたのかもしれない。
 とまれ、掲句をはじめこれらの句にはなかなかの旨味がある。それは、この年にも書いていた小説や写生文の影響があるだろう。その、物語性や使う言葉の音色のようなものが俳句へも響きあっている。すべてのものが無駄にはならなかったのである。
 そして、三十五歳の虚子はこの十月に『ホトトギス』雑詠選を始める。いよいよ脂ののってきた男子の本懐であったことだろう。
 
 
 

(c)Toshiki  bouzyou
前へ 次へ   今週の高濱虚子  HOME