第24回 2010/07/06

  高濱虚子の100句を読む     坊城俊樹




   石の上の埃に降るや秋の雨     虚子 
                  大正二年九月十四日 発行所例会を兼ねて子規忌を修す
         会者四十七

 「秋雨」で十句とある。
 これを掲載した『五百句時代』は、もとは『虚子句集』岩波書店に掲載されたもので、昭和三十一年に岩波文庫から刊行されたものである。
 明治二十四年から昭和二十五年の六十五年ほどの中から五千五百六十句を虚子が自選したものだ。
 この部分は『五百句』とほぼ時代を同じくしたもので、虚子の自選の見直しをしたようなものとも考えられる。句数は二千四百九十七句でほかの時代、五百五十句時代・六百句時代・小諸時代・六百五十句時代などと調べると圧倒的に多い。
 この時代への虚子の郷愁というか、落としてはならない俳句への郷愁というか、それらを子供のように抱き上げて玉のように慈しんでいる。

  裸火を抱く袖明し秋の雨
  灯ともれる障子ぬらすや秋の雨

 なども見られる。
およそ十七年ほど前の子規の死における記憶とはいかなるものであったろう。

  雑談も夜涼に帰せり灯取蟲

 これは同日の「火取虫」十句の中の作品。秋の雨降る中、灯を取りに来る虫たちを写生しての句会でもあったわけだ。
 雑談は子規を知る、渡辺水巴らの思い出話であった。原句は推敲されて「灯取蟲」「灯取虫などと表記されたものもある。「蟲」ともなれば泣く虫のことを思う。
 それらが乱舞して灯を取りに来ることはあるまいが、子規のことを思い出す雑談は虫の声をそびらにしみじみと語られたのであろう。
 低本が昭和三十一年に刊行されたもので、もし現代に再版されたならば、

  雑談も夜涼に帰せり灯取虫

 となっていたろうか。そこのところは出版との兼ね合いもあるが、そこは「蟲」の方がおもむきがあって、子規忌らしい。
 掲句の「埃」が好きだ。そこに積もった、十七年間の埃のように感じるからである。はたしてどのような十七年間であったか。ひとつ言えることは、ここにおいて虚子たちの趨勢は碧梧桐たちのそれよりも盤石なものになりつつある。
 子規ははたして、それを「くさばの陰」から、墓の下、黄泉から、そして俳諧の歴史と戦ってきた戦士としてどのような思いで見守っていたのであろう。

 
 


(c)Toshiki  bouzyou
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