第40回 2010/11/17

  高濱虚子の100句を読む     坊城俊樹



「番外編」

   舟岸につけば柳に星一つ    虚子
        大正二年三月九日
        ホトトギス発行所例会再興第一回
        芝田町汐湯に於て

  「舟岸に」は「ふねきしに」と読む。
 自身は舟に乗っていて、その渡船のようなものが対岸の岸に着いた。そこで、足下を注意しながら降りて、ひょいと見上げたら青き柳のところに星がひとつ輝いていた。
 おそらく、晴れた夕刻の景色であったろう。
 ゆらゆらと揺れる柳の梢に、なんとも心細いような星が点滅する。それは、一番星であるとすれば、そして仲春のころとすれば火星であったかもしれない。
 その黄身のような色と柳の青緑の色のコントラストが美しい。
 
 実は我が家にこの句の半切がある。
 かなり大きなもので、縦七十センチ・横一メートルはあろうか。そこにひょろひょろとした字でこの句が揮毫されている。
 当初は「柳」の字が読みにくくて、「鳥」や「向」に見えたり、「卯」に見えたり。「一つ」もつづけられて「る」に見えたりした。
 若い頃からこの句を見ていたが、べつに当時は虚子の句などどうでもいいから、もう少し色気のある絵でも掛けておけばいいものをと思っていたものだ。

 虚子の句にしては知らない。
 どうも親戚関係には、あまり人気のなかった句があてがわれたのではなかろうか。たしかに、親戚のところへは書き損じや、落款の無いものが多く存在する。
 もっとも、そういうのがまた価値あるものかもしれぬが、我が家にはほとんどこれくらいで、他人様の家で虚子の代表句のものを拝見すると、うらやましくも、ちょっと嫉妬したりする。
 ただ、この句に関しては叔母の稲畑汀子のところにも存在していたような記憶がある。虚子はよほど、この句を好いていたのか。
 ところで、この句は虚子の俳壇復帰後の復興初回の記念すべき俳句会への投句である。それは再起をかけた渾身の句であつたろう。
 故に、虚子としてはそれが名句であったか否かということより、その記念たる金字塔の句を子孫代々へとつなぐために与えたのかもしれない。

 嗚呼、それにしても「桐一葉」や「咲き満ちて」や「夏潮の今退く」の句が欲しいのであった。

 
 


(c)Toshiki  bouzyou

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