第61回 2011/4/26

  高濱虚子の100句を読む     坊城俊樹



「番外編」

   風が吹く仏来給ふけはひあり     虚子
        明治二十八年八月
        下戸塚、古白旧居に移る。一日、鳴雪、五城、碧梧桐、森々招集、運座を開く。


 『五百句』より。
 古くからの友人である藤野古白がピストル自殺をした。明治二十八年三月のこと。
 彼は、破天荒の俳人として異色の存在であり、子規の親戚としても何かと物議を醸したとされている。
 しかし、虚子は彼と親しい関係にあり、其の死をことのほか悲しんだ。そして、彼の旧居に一時的ではあるが移り住む。
 ピストル自殺と言っても、古白の頭の中に弾は残っていたといい、一日二日は危篤ながらも命はあったらしい。

 これはその、新盆のころの作品。
 奇妙なのは、無季でありながら『五百句』に入れていることだ。
 もっとも「 仏来給ふけはひ」ということで、八月の盂蘭盆の霊迎えのころのものと推察される。つまり、季感はある。
 しかし「仏来給ふ」では、正式に季題とはならない。
 「仏の日」「仏正月」は新年の仏事の始まりとして歳時記にある。盂蘭盆のころのものではない。新年の「仏壇に雑煮をそなえる風」という風習もあるようだが、意味としては異なるだろう。
 また「風死す」という季題は、晩夏のものとして、暑い日の盛りにぴたりと風がやんでしまうことを指すが、これも仏事とは限らない。
 彼の「祇王寺」の句も無季であったためか、虚子の主たる句集には入れていない。しかし、この句は青年虚子の想い出の句としてどうしても句集に入れねばならない郷愁があったのだろう。
 古白の死はかように、明治の子規たち烈士の終焉を予感させるものだったのである。
 
  


(c)Toshiki  bouzyou



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