第68回 2011/6/14

  高濱虚子の100句を読む     坊城俊樹




   蓮池に髪洗ひをる女かな       虚子
        昭和八年九月三日
        武蔵野探勝会。葛飾小合溜。
             『句日記』より

 虚子は昭和五年八月から昭和十四年一月まで百回ほども武蔵野を探勝し吟行する「武蔵野探勝会」を開いた。
 参加者は高濱としを、山口青邨、高野素十、富安風生、池内たけし、星野立子など錚々たる布陣。
 これは鍛錬会であると同時に次のような訳もあった。
 「明治二十五六年の頃の武蔵野とは大分変化してゐた。舗装道路が野を貫いてをり、電車の線路が縦横に走り、森や林は大方伐り拓かれて人家が立ち並び、花芒が遠く連なつてゐたと思つたところが一面に畑になつてゐる」 『武蔵野探勝』
 虚子が初めて東京に来たころの武蔵野から大分都市化していた様子。そのため神社仏閣・山川湖沼などを巡り武蔵野の面影と名残を求め歩いたのである。それを参加者全員の持ち回りで吟行記をとりまとめたのが『武蔵野探勝・日記』である。
 この日の会は、参加者の本田あふひの執筆の番。
 残暑の烈しい日であった。二つの大きな沼があり、その間を櫻並木の堤が通っている。堤の下の一軒の百姓屋がその日の会場。
 
  蓮池や釣する傍に髪洗ふ       虚子

 実は、『武蔵野探勝』における虚子の「髪洗ふ」の句はこれしか載っていない。

  夕立や茶店に上りやりすごす     虚子
  裸娘の着物纏ひて茶を酌める
  茶屋の婆外に出て見る夕立晴

 という句は載っている。
 
 鬼蓮に釣する人も無かりけり      虚子

 『句日記』には掲句の他これもあるが、『武蔵野探勝』にはこの句も省かれている。なぜだろうか。
 『武蔵野探勝』は担当の筆者の許容の中で、好きな句を選んでいい。すなわち、この場合は本田あふひの好みの句。たいして、『句日記』は虚子自身の好みの句。その違いがあったのではなかろうか。
 もっとも、当日の句会の中で虚子の掲句や「鬼蓮に釣する人も無かりけり」の句は選外だったからかもしれぬ。
 ちなみに「小合溜」は、現在の葛飾区金町の水元公園のあたり。素敵な橋が架かっていて、デートする人が憩う。虚子はその風景を見たら何と言ったであろうか。

                                    



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