第98回 2012/2/7

  高濱虚子の100句を読む     坊城俊樹



   悪なれば色悪よけれ老の春    虚子
        昭和二十八年一月七日
        悪の利く人利かぬ人などと杞陽の申し来れるに。

  「悪」は「あく」と読ませようか。
 「色悪」は「いろあく」か。これは、歌舞伎の役柄で、外見は二枚目で、本性は悪人である役をいうらしい。たとえば、四谷怪談の伊右衛門など。
 お岩の美貌をもてあそび、搾り取るだけ搾り取るという悪行を果たしては取り憑かれ戸板の裏に屍と化す。
 もっとも、掲句は女をもてあそぶ男程度の解釈でよろしかろう。
 はたして、虚子がそれを誰に当てはめていたのかは不明。自身のことも少しは身に覚えのあることかもしれぬが、明治男の真骨頂とはかような卑賤なことは頓着せずに、もっと堂々と色道を歩いたのが本当のところであろう。

  斯の如く俳句を閲し老の春      虚子 昭和二十八年
  世に四五歩常に遅れて老の春
  とはいへど涙もろしや老の春
  置き出でてあら何ともな老の春
  下手謡稽古休まず老の春
  目悪きことも合ツ点老の春
  何事も知らずと答へ老の春
  傲岸に人見るままに老の春
  書き留めて即ち忘れ老の春
  老の春写真をくれと人いふも       昭和三十一年
  耄碌と人に言はせて老の春
  忘るるが故に健康老の春
  同し道歩み来りし老の春         昭和三十三年
  風雅とは大きな言葉老の春

 『七百五十句』にもこれだけの「老の春」がある。
 その中でも掲句は、もっとも老いを感じさせぬものだが、ここまで老いの春を謳歌されると男の八十歳代もまたよかろうと思わざるを得ない。
 
 
(c)Toshiki  bouzyou







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