第13回 2010/04/06

  高濱虚子の100句を読む     坊城 俊樹




   霜降れば霜を楯とす法の城(その二)   虚子 
                                     

 しばらくぶりの句作。
 病中の虚子はこの句会を小庵でおこなう。家人に筆や墨を買いに行かせたり。火鉢の掃除をしさせたりしていた。
 それだけ久々の句会に情熱を燃やしていた。
 掲句を作ったことで、その一句を得て当日の運座をした甲斐があつたとも述懐している。かなり気に入った句であった。
 ほぼ寝たきりのような状態で、おそらくは写生ということでなく主観のはたらきによってできた俳句である。
 それは、京都に遊んでいたころの大きな寺院のことを思い出して作っていたようだ。寺というものはどういうものなのか。そこから虚子の回路は動き始める。

 「足が一度山門をくぐると其処はもう何人の犯す事を許さぬ別個の天地である。彼岸日和に俗人は子供の手を引いてお寺参りをする。僧は衣の袖を払ひつつ放散の歩を運ぶ。彼等が互に山門の下で擦れ違ふことを想像してをる」『年代順虚子俳句全集』
 僧と俗がいる。この別個の天地は僧のもの。俗は彼岸などでたまに来るばかりである。このふたつが山門で擦れ違うことにもの凄い興奮と深い感動をおぼえた虚子である。

「一は自分の城郭を出で他に遊ぶのである。他は法の城に詣するのである。山門の下に劃された一線によって其俗界と霊地とは劃然として区別されてゐるのである。」
 人はその城郭である家を出て他へ遊ぶ。もう一人はその城郭へ詣でる。その逆もあるかもしれない。ともに、山門という結界による一線によって区別されている。
 そこに霊地である、寺院すなわち法の城というものが存在することに虚子は実に初めて気がつきおどろいたのであろう。俗人もまた法の精神によって入城できる城があることを。
 そして、そこに棲む聖人たちとの袖の触れあいの尊さを。
 
「かかる法城によって浮世に対してゐる僧徒の事を思ふと、其が此頃の余の心にぴつたりと合って一種の感激を覚えるのである」
 ここにおいて重要なのは、虚子はその僧徒のことを思っている。そしてそれを自身に重ね合わせている。そこにある共通の心情とは、法の城を俗人たちから守ることである。
 虚子側からすれば、「山川草木、鳥獣虫魚、森羅万象のことわり」による俳句への意志を俗から守るのである。
 ここに、あえて「霜」という季の題をつかい、その四季変遷の天地の運行をつかさどる物を守る俳句への誓いを病床の枕頭において立てるのであった。
 
「法の城!法の城!彼等は人の世に法の城を築いて、其処に冷たき寒き彼等の生を護つてゐるのである。彼等は何によって其城を守るのであらう。曰く、風が吹けば風を楯とし、雨が降れば雨を楯とし、落葉がすれば落葉を楯とし、霜が降れば霜を楯として」
 ここにおける聖人たちの霊地は四季の森羅万象によって護られるべきものである。
 僧たちの冷たく霊験なる暮らしは、俗との間で山門によって冷然と区切られていなければならない。それを守るのは城壁ではなくて、風であり、雨であり、落ち葉であり、霜であったりする。
 
 碧梧桐の無季にたいするものであろうか。
 というより、碧梧桐だけでないすべての季を重んじない人々へのメッセージではなかろうか。そして、おそらく虚子はここで生涯の有季定型の城に籠城しつつ人生をまっとうする決意を固めるのである。
 
 


 

(c)Toshiki  bouzyou
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