わかりやすい俳句添削教室
原 雅子 いしだ


第49回 2012/4/6


《原句》①

  啓蟄や化粧直しの貸ボート

 池か湖でしょうか。水上に漕ぎ出したボートの中で、景色はそっちのけ、化粧直しに余念のない女性。そんな光景にすかさず眼を留めた作者の観察が一句に仕立てられました。
 中七下五は一括りにまとめてしまわず、〈化粧を直す貸ボート〉として、動作がはっきり印象づけられる形にしておきましょう。
 次に、この場面を生かすべき季語の問題です。「啓蟄」は暦の上での言葉で、三月六日ごろ。暖かくなって地虫が地中から出てくる時期を言いますが、穴を出た地虫そのものをも表します。
 原句はたまたまその日であったのか、それともやや穿った見方をすれば、むずむずと虫が這い出すような気分を下のフレーズと重ね合わせたかったかとも思いますが、そこまでする必要もないでしょう。皮肉さが出てきてしまいますし。中七下五は具体的に状景が描かれていますから、それを受ける上五はうるさくならない方が良さそうです。
 同じ時期としては、〈早春〉〈浅春〉などありますが、これらは単に季節を付け加えるだけのことになります。イメージが変わってきますけれど、季節を少し進めて〈春昼〉や〈麗か〉ではどうでしょう。おや、あんなことをしているという面白さがのどかに眺められてきます。

《添削》

  うららかや化粧を直す貸ボート


 興趣の違いを見ていただく一例として。
 〈啓蟄〉の季語には次のような例句があります。
  啓蟄のもの驚かせ午後の風     星野立子
  啓蟄の蛇に丁々斧こだま      中村汀女
 星野立子は高浜虚子の次女。中村汀女は立子と親交のあった、虚子の弟子です。
 両句とも、万物が活動期に入る啓蟄の時候を生かした作品です。




《原句》②

  畔焼ひて広々とせる棚田かな

 田畑や()()を焼くのは作物の枯れ残りや枯草、藁などの始末でもありますが、それ以上に害虫の卵や幼虫を焼き殺すことと、その灰を肥料に活用するために行なわれます。
 棚田のあぜは入り組んでいますから、枯草を焼き払ったあとは殊にせいせいと眺められたことでしょう。原句はそのことを言っています。まさにその通りですが「……して……となる」という原因結果がそのまま表現されてしまうと、読者は状景を説明される結果になって感動がふくらみません。この用法は要注意です。
 畔焼を済ませたあと四方八方が広々と感じられて、早春の空気を胸いっぱい吸い込みたい心地にもなったことでしょう。その気分が生き生きと伝わるように。となると、まず「……して」の部分を工夫します。さらに伸び伸びと空間が感じられるように。

《添削》

  畔焼きし棚田に空の広がりぬ

 「棚田」に〈空〉を配して、景を大きく取りました。
 〈あぜ〉は、〈畦〉〈畔〉のどちらの文字も使いますが、この〈畔〉の方は〈くろ〉の読みもあります。
 なお、原句の「焼()て」の表記は「焼()て」が正しい用法です。
 本来の「焼きて」が(なま)って「焼いて」となるイ音便と呼ばれるものです。他の例として、
  聞きて→聞いて
  書きて→書いて
などがあります。




《原句》

  捨ててゐし蹄鉄のそば草萌えて

 「蹄鉄」は馬のひづめを保護する為に装着する鉄具。原句では、新しいものに着け換えて不用となった蹄鉄が捨てられていたようです。その傍らに草が萌え出ている、との対比は鮮やかです。
 難点は「捨ててゐし」でしょう。これですと、人物の行為を表します。この作品の世界に人の姿は排しておきたい。古びた蹄鉄と草萌え、この二つだけに焦点をしぼって、それ以外の要素を切り捨てることで主題が明確になります。〈捨てられし〉とも考えられますが、捨てられてそこにあるという意味を強めて〈捨てありし〉。放置されてそのままになっているという時間経過も感じられると思います。
 次に「そば」の語、これは状態を説明する言葉です。説明なしに一気に核心に迫るような表現に改めたいものですが、では、

《添削》

  捨てありし蹄鉄に草萌ゆるな




《原句》④

  春塵に囲まれてゐる靴の先

 春風、といえば暖かく穏やかな風を指しますが、実のところ春には大風の吹くことが多いものです。春疾風(はやて)の語もあるくらいですが、その風によって地表から捲きあげられた砂塵や埃もまたすさまじかったりします。
 外出中の作者は土埃をまともに浴びてしまったのでしょう。「囲まれてゐる」の表現は、まさに実感だったでしょうが、ここはやはり砂や塵にふさわしい言葉を使いましょう。
 〈囲む〉の語はある程度の大きさを伴った物体感がありますから、「春塵」の場合は〈捲かれる〉くらいが適当かと思います。全身に吹きつけられてくる、そんな感じです。
 さてそこで、「靴の先」ですが、これではあまりに部分的すぎるようです。頭のてっぺんから靴の先まで春塵まみれのはずです。とはいえ、「靴の先」を〈全身〉に置き換えてみても、身体のことだけになってしまって、狭い捉え方ではないでしょうか。作者の姿態、そして欲をいえばこの時の作者の心情が背後にひそむような言葉が探せると素晴らしいのですが。とりあえず一案として、

《添削》

  春塵に捲かれてをりし歩みかな


 となります。助詞の「の」と「に」を入れ換える結果になりました。
 湖の広やかさ、そして一点景の小舟との対照が生きるように思いますが。
 絶対にと主張するほどではありません。作者の詠みたい主眼がどこにあるかによって、決定していって下さい。




《原句》⑤

  鴉の巣風光明媚を()りけり

 この句は音数は十七音ですが、意味の上で区切ると五・八・四の破調になっています。本来の五・七・五の構造を外して、一つの言葉が音節間をまたがることを〈句またがり〉と言います。例をあげてみましょう。
  立春やペガサスはわが額星(五・五・七)   鷹羽狩行
  春めくと覚えつゝ読み耽るかな(五・五・七) 星野立子
  万緑の中や吾子の歯生え初むる(八・四・五) 中村草田男
 〈句またがり〉とはいえ、基本的な五・七・五の音調が無視されているわけではないことが分かります。
 原句の場合はかなり苦しいリズムです。中七の「を」を取って、下五を〈()りにけり〉〈選びけり〉とするか、または中七の八音は字余りのままで下五だけ同じように〈選りにけり〉〈選びけり〉とするだけでもリズムの佶屈は緩和されるでしょう。
 以上は〈句またがり〉に関しての所見です。
 内容表現を見てゆきましょう。
 鴉は高い木や鉄塔などにも巣を作ります。作者は高いところに巣をみとめて、そのような場所なら遠くまでよく見渡せるだろうと感じたのかもしれません。眺めのよいところを選んで巣作りをしたのだろうと。
 そこまではよかったのですが、「風光明媚」は山水の景色がすぐれて美しいこと、と辞書にあるように抽象的な観念を示す言葉です。鴉の巣が具体的に見えてきません。俳句は短かい詩型です。説明や感想を述べるのではなく、〈物〉を確実に描くことが大きな武器になります。
 鴉の巣は木の上にあったと想像して、次のように、

《添削》

  見晴らしのよき()()りて鴉の巣
  巣作りの鴉に見晴らしよき梢




※久しぶりに皆様の作品を愉しく拝見しました。新鮮な気持で再び始めてゆきた
 いと思っています。作者の顔が見えるような俳句を沢山お寄せ下さい。




                (c)masako hara

              






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