わかりやすい俳句添削教室
原 雅子 いしだ


第52回 2012/7/20


《原句》①

  誰彼のかすかに分かり蛍狩り 

 数人で連れだって出かけてきた螢狩なのでしょう。あちらで光った、こちらでも光ったと追っているうちに知らず知らず離れてしまったりするのですが、螢の火は案外に明るくてお互いの姿がちゃんと見分けられる、そんな場合かと思います。
 「かすかに分かり」の措辞が、状況の説明になってしまったのが残念です。この部分を具体的に言ってみましょう。

《添削》

  ほのかにも顔の浮かびて螢狩

 〈ほのか〉は、原句の「かすか」でも同じことですが、螢狩の情趣を生かして雅やかな言葉を選んでみました。
 原句では「蛍狩()」と送り仮名がありますが、名詞ですから〈螢狩〉で結構です。
 螢といえば「もの思へば沢の螢もわが身よりあくがれ出づる魂かとぞ見る」の和泉式部の和歌に代表されるように、恋の思いに重ね合わせて詠まれることが多く、俳句では、
  ゆるやかに着て人と逢ふ螢の夜    桂 信子
  螢籠昏ければ揺り炎えたたす     橋本多佳子
などがよく知られています。多佳子の句は行為のみを書きとめていながら、鬱屈した心の内側を垣間見せて女人の情念を感じさせる作品です。
  人殺す吾かも知らず飛ぶ螢      前田 普羅
 こちらは男性ですが、心の暗部を覗き込むような趣きで、男の情念とでも呼ぶべきでしょうか。
 一方、即物的に詠んだ句としては、
  草の葉を落つるより飛ぶ螢かな    芭 蕉
 さらに、健やかな抒情性を感じさせる
  螢獲て少年の指みどりなり      山口 誓子
など、参考にしたい諸作です。




《原句》②

  曲がり角人の香よぎる梅の雨

 出会いがしらに、ふと「人の香」を意識したというのは微妙な心理を感じさせます。香水の匂いなどではなく、むしろ体臭と捉えたくなる他人の気配そのものです。お互いに何の関わりもなくすれ違ったときの、一瞬の違和感が梅雨の季節を背景に描かれました。
 「曲がり角」という場の設定は狙った印象がありますし、一句の主題からは蛇足のようです。ここは省いて、「人の香」と季節だけで構成してみましょう。

《添削Ⅰ》

  人の香とすれ違ひけり梅の雨

 これでも構いませんが、季語としての〈梅の雨〉はやや古風な言葉です。現代の作例も稀になっています。
 〈梅雨〉に関連するものとしては、走り梅雨、返り梅雨、梅雨入(ついり)(ひでり)梅雨などがあります。原句には〈返り梅雨〉なども良さそうですが、雨が降っている状景から方向転換して、〈旱梅雨〉としてみると、乾燥した空気の中で、「香」がより強く感じられるかもしれません。

《添削Ⅱ》

  人の香とすれ違ひけり旱梅雨

 作者のこの時の把握次第で納得のいくものを選んで下さい。




《原句》

  わたつみや二丁櫓の音涼やかに

 大柄な句です。「わたつみや」と詠い出して伸びやかな声調があるのですが、さて、景を思い浮かべようとすると大雑把で、像が結ばれてこないのです。
 季語が大きく包み込んでくれるとよいのですが、原句の場合、「涼やか」は櫓の音の形容にとどまっています。ここははっきり全体にかかる〈涼し〉にして季節を明確に示してはどうでしょう。
 次に「わたつみ」、これは言うまでもなく海を指しますが、万葉集にも用例が見えるように、単なる〈海〉といった場合とは異なる付加的意味がつきまといます。この作品ではそれは不要と思われます。では、
  涼しさの海や二丁櫓ひびかせて
としてみましたが、やはり〈涼し〉の意がまだ弱い。

《添削》

  涼しさや二丁櫓ひびく波の上

 〈涼しさや〉ときっぱり切っておいて、さらに〈海〉よりももう少し眼を近づけて〈波〉といたしました。




《原句》④

  初夏の峰小さき花に胸おどる

 夏山登山の折にふと見つけた高山植物の可憐な美しさ、といった場合でしょうか。
 作者の感動が「胸おどる」と表現されているのですが、作者自身の感想を押しつけてしまっては読者に想像の余地はありません。ここは言わずもがなです。
 次に、この花は「峰」で見つけたのか、それとも「峰」は遠景に見えているだけなのか、解釈に迷いました。
 というのは、前者の場合、小さな花の在り場所を示すには「峰」では広範囲すぎる気がするからです。「花」を固有名詞にするとイメージがはっきりしますから、その点が緩和されるかもしれません。たとえば高山植物の岩桔梗・ちんぐるま・栂桜(つがざくら)など。
 後者の場合にも花を特定することで鮮明な景になるようです。では後者として、

《添削Ⅰ》

  ちんぐるま遥かに峰の(つら)なれる
  遠嶺に雲の湧きたつ岩桔梗


 花を固有名詞にして季語になっていますので、原句の「初夏」は外します。
 ただし、作者としては名も知らぬ花の小ささ、可憐さこそ言いたい中心だったかもしれません。それならば場所の設定を工夫して、

《添削Ⅱ》

  お花畑ことに小さき花を()

 〈お花畑〉は、高山のややひらけた場所で、夏いっせいに高山植物が花盛りになっているのをこのように呼びます。秋の季語である〈花野〉と混同しやすいので注意して下さい。
 添削例は色とりどりの花々の中でも愛らしく小さなものに心惹かれたとの句意です。




《原句》⑤

  つはぶきの花を裳裾に真砂女句碑

 「真砂女」は鈴木真砂女。千葉県鴨川生まれの俳人。生涯を貫いた恋愛は小説やドラマに取り上げられ俳壇外でも名高く、その作品には、
  (うすもの)や人悲します恋をして
  死なうかと囁かれしは螢の夜
がありますが、
  ゆく春や身に倖せの割烹着
には、小料理店の女主人としての生活が偲ばれます。平成十五年に亡くなりました。
 原句はその真砂女の句碑が詠まれています。石蕗(つわぶき)は海浜近くにも多く見かける植物ですから、この句碑は生家のある鴨川あたりに建てられているものかもしれません。
 句碑を取り巻くように咲いている石蕗の花を、「裳裾に」と形容したのは、着物姿で通した人の面影を浮かばせる工夫だったでしょうか。
 手直しの必要なく出来ている作品です。




                (c)masako hara

              






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