わかりやすい俳句添削教室
原 雅子 いしだ


第54回 2012/10/26


《原句》①

  流灯のひとつひとつの別れかな 

 祖先の魂祭りの行事である盂蘭盆会は、現在は陽暦の七月十三日から十六日(または十五日)まで行なわれるようになりましたが、昔通りの陰暦や一月遅れの八月に行うところなどがあります。心情としては盛夏の七月よりも秋の気配のたちこめる陰暦による方が、しめやかな気分が添ってふさわしく思われるのですが、いかがなものでしょうか。
 ともあれ「流灯」は、盆行事の終わる十六日に精霊送りと送り火を兼ねて行なわれます。点火した燈籠を川や湖、海などに流すもので、昨今観光化して盛大に行なう地域もありますが本来は祖霊を見送る静かな風情の行事であったことでしょう。
 原句はその「流灯」の情趣と意味合いとを確かに捉えて詠まれています。姿も整っていて、このままで出来ている作品です。その上で欲をいえば、流灯らしすぎる、ということがいえるかもしれません。つまり誰しもが抱いている「流灯」の常套的意味合いそのものになっている点です。「かな」の詠嘆は思い入れが強く、使うかどうかは好き好きですが一案として、

《添削》

  ひとつまたひとつ流灯の別れゆく

 水に浮かんだ流灯がそれぞれに離れ去ってゆく、という景色だけが見えるようにしたつもりです。
 原句では「別れ」の語が状景を示すというより作者の感情としての「別れ」の意味を多く含むように感じられるのです。それが、前出した〈流灯の常套的意味合い〉につながります。その点を極力排して、景だけを提示して、あとは読者の鑑賞に委ねましょう。




《原句》②

  観覧車ひこうき蜘蛛の歩みゆく

 一読して「ひこうき蜘蛛」は〈飛行機雲〉の間違いではないかと思いましたが、作者によれば〈観覧車を透かして飛行機が飛んで行くのがちょうど蜘蛛が巣の中心に向かって歩いて行くように見えた〉とのこと。いい状景に着目なさったのですが、あれもこれも詰め込みすぎたために表現がパンクしてしまいました。何を切り捨てて何を生かすべきか、整理しましょう。
 観覧車から蜘蛛の巣を連想したのは個性的な見立てでしたが、ああ成程という一回性の面白さに終わってしまいます。主観的な比喩を入れるよりも実際に見えたものだけを素直に述べてみましょう。すると、
  大観覧車飛行機の(よぎ)りけり
となります。これが一句の核になる部分です。「大」を付けたのは観覧車が近景として眼前に迫る効果を工夫したためですが、これだけでは状況の説明でしかありません。季語が力を発揮するのはこういう場合です。季節感の助けによって景が膨らみをもってくると思います。

《添削》

  飛行機の過ぐ秋晴れの観覧車

 澄み渡る秋空を背景にすることで観覧車が鮮やかに印象され、作品に広やかさが生まれるのではないでしょうか。
 作者としては原句で工夫した部分を削られてしまってもの足りないかもしれません。けれど、まずは状景を適確に描くこと、そして季語がどれほど豊かに作者の心持ちを伝えるものであるかを納得していってほしいのです。




《原句》

  小雀は入場無料や鳴子引

 〈鳴子〉は稲田に仕掛けて縄を繋ぎ、遠くから引いてカラカラ音を立てさせる鳥威しの一種。山村の田畑では鹿や猪を防ぐのにも使ったそうです。
 原句は、あんまり田畑を荒らされても困るけれど小雀ならばまあまあ大目に見ようかという飄逸な作。現代版一茶の心境でしょう。「入場無料」は少々面白すぎて通俗になりますから抑えておきます。

《添削》

  小雀の入るを(ゆる)して鳴子引

 〈ゆるす〉には〈許す〉のほか、いくつか漢字が当てられていますが、この場合は〈赦〉が妥当でしょうか。平仮名にしてもよさそうです。漢和辞典には意味と用例が載っていますから、一般的に用いられる文字以外にも調べてみると参考になります。




《原句》④

  棚田見る大和のこころ道をしへ

 「大和」の語には二つの意味があって、現在の奈良県をさす場合と日本国の異称とする場合とに大別されます。作者はおそらく実際の奈良地方の棚田を眼にして、古くから続く稲作文化の歴史、生活、労働などに思いを馳せたのでしょう。棚田は美しい景観ですが同時にこれを維持する人々の厳しい労働や勤勉さを想像させます。それを「大和のこころ」つまり古代からの日本人の心に通うものだと感じられたのだと思います。
 上五から中七に至るフレーズは舌足らずな表現になっていますが、〈棚田には大和のこころ〉もしくは〈棚田に見る大和のこころ〉といえば無理なく意が伝わります。
 さてそこで、このような作者の感慨を直接句にすることの良否が問題になってきます。「大和のこころ」とは作者の判断・感想です。読者にとって、先に判断や感想を示されてしまっては想像が広がりません。むしろ、棚田の風景のみを描くにとどめることで余韻余情が生まれるのではないでしょうか。襞のように打ち重なる棚田の景、それで充分です。

《添削》

  幾重なす大和の棚田みちをしへ


 上五は〈(たた)なはる〉としても良いかもしれません。
 作者が選んだ季語の「道をしへ」は斑猫(はんみょう)の別名。二センチほどの極彩色の斑点をもつ甲虫で、人が来ると地上から飛んで先へ下り、近づくとまた飛び立つさまが道を教えるようだということからの命名です。点景にこの虫を置いたのは素晴らしい。状景に実在感が出て、句が引き緊まりました。遠近の対比も句の味わいを深めています。
 添削例で平仮名にしたのは、字面(じづら)の点で〈……棚田道〉と読めてしまうのを避けるためです。




《原句》⑤

  時ひさし弟妹そろう秋彼岸

 それぞれに一家を構えて別の土地に住むきょうだい達も、この日は実家に帰って一緒に法要、墓参を営む。どこか懐かしい状景です。
 彼岸は春と秋にありますが俳句では単に〈彼岸〉といえば春、秋の場合は〈秋彼岸・後の彼岸〉といっています。どちらもちょうど良い気候の頃で、行楽を兼ねた墓参風景など親しいものです。
 原句の「時ひさし」は〈時久し〉で、長い時間が経っているという意味ですから、このまま読めば弟妹が顔を合わせるのも長いこと絶えたままだ、となってしまいますが、おそらくそうではないでしょう。久しぶりに顔を揃えたということかと推察します。それならば、
  ひさびさに弟妹揃ふ秋彼岸
とすれば意は通ります。どこの家でもよく見かける光景。一応のかたちにはなりますが、表現の内容にもう一歩踏み込んで、作者だけが捉え得る部分に眼を向けてほしいと思うのです。
 今回は添削というよりも、表現のお手本として芭蕉の句をあげて味わってみましょう。
  家はみな杖に白髪(しらが)の墓参り   芭蕉
 故郷伊賀に帰って久しぶりに家族と盆会を営んだ折の作です。
 一家の人々も皆年老いてしまって、杖をつき白髪頭となっての墓参。芭蕉自身の老いの感慨も籠められているのでしょう。ここには通り一編ではない、芭蕉だけが捉え得た切実な真実があります。個人的な状況を詠んで、しかも誰の胸にもとどく普遍性を獲得した表現です。及ばずとはいえ、このような方向を目指したいものですね。





                (c)masako hara

              






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