2月2日 第433



 ≪さまざまなる月⑤≫

  今生の月の懸りし厳島     後藤比奈夫

〈今生の〉という、いささか大仰にも見える表現がその夜の月の見事さを想像させてくれます。作者はふだん、年齢を美しく重ねた人ならではのかろやかさをもって楽しい作品を次々と見せてくれる人です。それゆえ、この句における〈今生の〉がより重みをもって迫ってきます。〈厳島〉は日本三景の一つ・宮島の別名で、島全体が神社をなしています。絶景と月とがお互いを引き立て合うかのような素晴らしい夜だったのでしょう。この句では「名月」とは言っていませんが、句全体からそう読んで間違いはないかと思われます。

  立つて歩くことのさみしさ月見草 酒井弘司
  月見草胸の高さにひらきけり   西村和子
  人間であること久し月見草    和田悟朗


 直接の月ではありませんが、縁の深い「月見草」を三句挙げてみました。
 一句目、直立歩行を句の素材にした例は結構目にしましたが、この句のように噛み砕いた表現にした例は案外少ないように思います。四肢を用いて地を駆けてゆくけもの等とは異なった人間といういきものについて、ふと立ち止まらせてくれる作品です。
 二句目、これはすっきりとした写生句。特殊な言葉もなく、読者の胸にまっすぐ届きます。かがむ必要のない高さに咲いた可憐な花に顔を寄せる作者が見えてくるようです。
 三句目は、「そういえば人間として生を享けてから長いな」という呟きが聞こえてきそう。ともすれば難しくなりそうな内容を孕んだ句ですが、何となくユーモアも感じられます。

  月光を遡りゆく虫のこゑ     鈴木貞雄

 「遡る」という動詞は、上流に向かってゆくことです。この句の面白さは、虫そのものではなく〈虫のこゑ〉が月光の源へとどんどんのぼってゆくのだと詠んでいるところですね。耳でとらえた虫の声と目に見える月光とがうまくバランスを保ちつつ、一句の中で共存しています。

  夏の月蘆揺れて波あるらしく  対中いずみ

 これは繊細な句ですね。〈夏の月〉のおかげで〈蘆〉が揺れているのが見えます。波の存在から蘆の動きに気付くのではなく、蘆の動きによっておそらくは波があるのだろうと気付いた、なかなかこうは詠めないと感じました。月があるとはいえ、蘆の下まですっきり見えるほどには明るくはないのだな、ということも伝えてくれている句です。

  夕顔に月の光の襞生まれ     髙田正子

 これはまた美しい句ですね。朝顔や昼顔では経験することのできない世界です。白い花に(月光を仮に白いと仮定して)白い月の光がさす――ひとくちに白といっても、それぞれの色合いは異なりますし、白さが違うことによってかえって陰翳が生まれることがあります。華麗な句です。

  子燕の月見て眠ること覚え    西山 睦

 なんと愛らしい句でしょうか。親が運ぶ餌を懸命に口をあけて食べていた忙しい昼間は終りました。巣立まで必死で刻んでゆく一日一日ではありますが、一日の終りには必ず休息があり、眠りが訪れます。生まれて日の浅い小さないきものにもお月様はきちんと夜の到来を教えてくれます。
  
  葱伏せてその夜大きな月の暈   廣瀬直人

 山国に暮らす作者らしい作品です。冬の厳しい寒さの中、〈大きな月の暈〉を作者は目にしました。美しく、しかし同時に、なにかただならぬことが待ち受けているような感覚にもとらわれます。都市ではまず詠めない作品です。

see you tomorrow!


(C) 2007 Michiko Kai
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