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  櫂 未知子


  桂離宮からダイアナ妃まで――

  『月』のすべてをお見せします




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    櫂未知子
 櫂 未知子(かい・みちこ)
1960年北海道生まれ。「銀化」同人。句集『貴族』『蒙古斑』、句文集『櫂未知子集』、新書『季語の底力』、鑑賞書『食の一句』、入門書『言葉の歳事記』、共著に『第一句集を語る』『12の現代俳人論』がある。第2回中新田俳句大賞、第18回俳人協会評論新人賞受賞。




2月3日 第434

最終回



 ≪さまざまなる月⑥≫
 

  月光が怕くて母へ逃げこみぬ 八田木枯 

 生涯のテーマ〈母〉で著名な作者です。ふつうの「怖くて」ではなく、この字を用いたあたり、作者らしさを感じます。何かが迫る、薄いという言葉に近い意味をこの字は持っているようです。月光のひんやりとした手でつかまれたと、この子は感じたのかもしれません。
 
  襤褸市の隅で月光売つてをり 眞鍋呉夫

 露店や路上で何かを売っているという内容の句に「三月やモナリザを売る石畳  秋元不死男」があります。不死男の句の場合は、都市の路上で怪しげな絵画もどきが売られている景を描いていました。それに対してこの句は、襤褸市の片隅にひっそりと月光を売る店もあると詠んでいるのです。売り子はおそらくこの世の人ではないのでしょう。〈襤褸市〉がこの句に奥行きを与えています。

  月の出を騒然とこそ言ふべけれ  野中亮介
  月の出はいつも古風に松納め  向笠和子

 〈月の出〉二句。一句目は秋の月であり、二句目は新年の句です。
 一句目、意表を突かれますね。月の出を〈騒然〉といった例が今まであっただろうかと思ってしまいます。しかし、いわれてみるとそんな気もします。強烈な印象のある句です。
 二句目、〈いつも古風に〉といわれてみると、「その通り」と頷きたくなります。松飾を取り、正月気分と別れる日が来ました。日本そのものといった雰囲気の短い時期を過ぎ、また日常が戻ってきます。そんな時期に目にした月の出のいつもの様子を安心感をもって作者は眺めたのでしょう。
 
  寝待月寝をしみ月となりゐたり  三田きえ子

 旧暦17日の月を「立待月」、18日の月を「居待月」、19日の月を「寝待月」といいます。それぞれ、月の出の時刻がだんだん遅くなるためで、寝待ともなりますと寝所の中でゆっくり待ちましょうか、という感じになります。月を待っている間にかなり遅い時刻になってしまいました。そのうちに、今度は寝るのが惜しくなってしまいました。名月そのものではなくとも月にはその日その日の美しさがあります。今日という日を惜しみ、月を心待ちにしていた自分のこころをいとおしむ、そこに日本人ならではの繊細さがひそんでいるようですね。

 さて、本日、節分の日をもちまして「月ペディア」の連載を終了致します。削除・訂正・加筆したのちに一冊の本になる予定です。月をめぐる総合的な文化論の一冊をどうぞお楽しみにお待ちください。ご愛読ありがとうございました。明日はもう立春、春はもうすぐです。

ご愛読者様 櫂未知子様 長い間ありがとうございました。    飯塚書店


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