一湖一月さざなみの音とこしなへ 伊藤敬子
この句の〈一月〉は「いちがつ」ではなく「いちげつ」と読むのでしょう。そうしないと〈一湖〉が生かされなくなりますから。湖はひとつ、そしてそこに映る月もひとつと考えると、解釈がしやすくなるかと存じます。湖といえど波は静かに寄せ続けています、そこに湖があるかぎり、です。緊密に構成された句です。
月光のどの石垣も蛇眠る 今井 聖
〈蛇眠る〉とあることから、冬かしら、とも思ってしまいます。それとも、単に夜中だから眠っているという景なのでしょうか。この句から私は、南国の、台風に備えてめぐらされた石垣を想像しました。〈どの石垣も〉ですから、たとえば沖縄あたりでしょうか。少し不気味で、そして美しい句です。
いまどこに桜月夜にゐるといふ 上田日差子
これはわかりやすい作品です。「ねえ、今、どこ?」「桜を見てるのよ、お月様も出ていてとても綺麗」などという会話が想像できます。この句は穏やかな句ですが、大変現代的でもあります。携帯電話かメールでやり取りしているような雰囲気がありますから。なお、作者の代表句のひとつに〈子を負へば涼しき月 を負ふごとし〉があります。子供は体温が高いですから、夏に背負うのはちょっと……と私などは思ってしまいますが、母親というのは偉いですね。
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